はじめに
私たち日本人は、中学・高校で合わせて6年間、大学まで入れると10年間、学校で英語を学んできましたが、英語を話すことに自信を持てない大人は多いと思います。だからこそ、我が子には英語が話せるようになってほしいと願うパパやママが多く、お子さんに習わせたい習い事ランキングの中でも英語が上位を占め、英語の早期教育に対しての関心も高まっています。
多くの日本人が英語を話すことが苦手だということについての危機感は、おうちの方たちだけでなく、文部科学省も強く感じています。だからこそ、小学校から英語教育が始まりました。さらに、中学校や高等学校での学習内容も変わっていこうとしています。
これまでの英語教育の課題は何か、また新しい英語教育がどのように変わっていくのかについて、わかりやすく解説します。また、小学校で進められている英語教育の課題についても、解説します。
学校で英語を10年間勉強しても英語を話せる人が少ないわけ
学生時代、英語の勉強をとても頑張った、英語の成績はとても良かった、難関大学を卒業したという人たちでも、英語を話すことに自信が持てない人がたくさんいます。その理由は、英語の学習内容にあったのです。
英文読解と文法・単語中心で、インプット重視の英語教育
まず、かつての学校の英語の学習内容は、「英文解釈」、「英文法」、「単語学習」、「英作文」などでした。英語のテストというと、長文の問題がメインなので、長文を素早く読解する力が重要でした。会話文も学習しましたが、会話力を高めることよりも、登場人物が話している内容を読み取ることが学習の中心でした。
ですから、たくさんの単語や、文型がインプットされ、知識は豊かになりました。けれどもアウトプットの機会が少なかったので、読み書きは得意でも、話すことは経験が不足して苦手でした.
大学入試が壁
会話力が大切だということは、ずいぶん前から言われていました。
2000年になる前から、「使える英語」を目指して、指導要領の改訂に合わせて高校では「英語の授業をすべて英語で行う」とか、「オーラルコミュニケーション」や「英語コミュニケーション」などの科目が取り入れられています。実際に英会話重視の授業を行っている学校もありますが、進学校では実質的には読解や文法をやっているという学校が多かったようです。
文部科学省が「コミュニケーション重視」を掲げても、実際の英語教育がなかなか変わっていかなかったのは、大学入試に原因があるといわれています。
大学入試で難解な長文問題がたくさん出されるので、高校では長文を読む力をつけることにウエイトが置かれます。
また、ヒアリングのテストもあるので、英文を聞き取る練習や、会話を聞き取る練習はしますが、多くの大学では英語を話すテストは入学試験で行われないので、話すことの学習はどうしても少なくなります。
英語を使う機会が少ない
海外では、英語以外の教科の授業も英語で行うという国もあります。]
日本では、英語が使用されるのは英語の時間だけです。先生と生徒の間や、生徒同士の間で英語を使ったやり取りは行われますが、1時間の授業時間の中で、そんなに長い時間ではありません。
また、学校の外でも、英語を話す機会はそんなに多くありません。
海外では、一つの国の中に、いろいろな言語を話す民族が混ざって生活をしている国もあります。意思疎通のために英語で会話することが当たり前になっているのです。日本では、日本語しか話さなくても、ほとんど困ることはありません。
英語を使う機会が少ないと、会話力はなかなか身に付きません。
話すことの指導に慣れていない教員もいる
英語の教員は英語が得意ですが、話すことはあまり得意ではないという教員も実際にいます。受験英語に強い先生や、教え方のうまい先生など、いろいろな先生がいます。ベテランの先生の中には、話すことが重視されない時代に採用された人もいるでしょう。英語を話すことに自信がないと、授業でも英語を話すことを重視しないので、生徒も英語を話す機会が少なくなります。
間違えないようにという気持ちが強すぎる
間違えても気にしないでどんどん会話できる人もいるのですが、間違えると恥ずかしいと思ってなかなか話せない人が多いです。また、発音が良くないからと話すのをためらう人も多いです。
英語を日本語に翻訳してから理解する
例えば“eraser”と聞いて、英語を話すことに慣れている人は「消しゴムの映像」が頭に浮かぶのですが、英語を話すことに慣れていない日本人は、まず「消しゴム」と日本語に変換し、次に「消しゴムの映像」が頭に浮かびます。
同様に、“Have you been to the new bakery yet?”と聞かれたら、「新しいパン屋さんに行ったことはありますか?」と日本語に翻訳してから考え、“Yes, I have.”と答えます。
けれども、多くの日本人は“Thank you.”という言葉を聞いたり話したりするときは日本語に変換しなくても、英語で理解しているのではないでしょうか。
日本語に翻訳しなくても、英語のまま理解できれば、会話もスムーズになります。聞いたり話したりする経験を多く積めば、日本語に翻訳しなくても理解できる言葉はフレーズが増えてくるでしょう。
英文和訳の読解が中心の学習では、会話も和訳してしまうのでしょう。
諸外国と比較しての学習時間の少なさ
日本では、中学校から英語の学習が始まり、1週間に4コマ程度です。中国では小学校1年生から英語の授業が始まり、週4コマ以上です。中国ほどではなくても、小学校から英語学習を始める国は多いです。
冒頭で、「10年学校で英語を勉強しても話せない」と書きましたが、諸外国では10年よりもっと学習している国が多いのです。
英語教育の変化
しかし、日本の英語教育は変わってきています。
グローバル化の進展に対応
2020年から英語が小学校で「教科」になりました。学習指導要領では、3・4年生の「外国語活動」や5・6年生の教科としての「外国語」を導入した経緯について、次のように説明しています。
「グローバル化が急速に進展する中で、外国語によるコミュニケーション能力はこれまでのように一部の業種や職種だけでなく、生涯にわたる様々な場面で必要とされることが想定され、その能力の向上が課題となっている。」
「外国語」といっても、実際にはほとんどの学校で「英語」が採用されていますが、グローバル化に対応した人材を育てるには、英語の「コミュニケーション能力」が重要だと、学習指導要領の最初に書いてあります。「グローバル化」と「コミュニケーション能力」はセットで重視されています。
早期に始めて、学習時間を増やす
言語の習得には1000~2000時間が必要だといわれていますが、中学校で約300時間、高等学校で約500時間の学習時間では、不足しています。日本人の英語学習の時間が諸外国と比較して少ないというだけでなく、言語習得に必要な時間数が不足しているという現状から、小学校での英語学習が始まりました。中学校で開始するよりは学習時間が増えることになります。
「聞くこと」、「話すこと」、「読むこと」、「書くこと」を総合的に身に付ける
過去の英語教育は「読むこと」と「書くこと」が中心でしたが、現在の英語教育では「聞くこと」や「話すこと」も大切にされるようになってきました。
小学校の中学年では「聞くこと」と「話すこと」が中心です。小学校の高学年から、中学、高校まで一貫して「聞くこと」、「話すこと」、「読むこと」、「書くこと」を総合的に育てるようになってきました。
コミュニケーションの大切さ
英語の授業でのコミュニケーション活動は、「言語活動」とよばれます。ペアワーク、グループワーク、ディスカッション、プレゼンテーションなどがあります。これらの活動は、中学校や高等学校の英語の授業の中で取り入れることが推奨されています。英語でのコミュニケーション能力を身に付けるには、授業を実際のコミュニケーション場面とすることが重要だと考えられ、英語での発言や、意見表明を促す働きかけがされています。
しかし、各学校によって取り組み方は異なるので、すべての学校で積極的に取り入れているわけではありません。
入試の変化
大学入試でも、高校入試でも、「ヒアリング」や「リスニング」と呼ばれる「聞きとる力」のテストは従来からありましたが、「スピーキング」のテストを実施するという方向に変化してきています。実際には、「スピーキング」の成績は合否の判定に使われない場合もあり、今後の動向が気になるところです。
小学校の英語教育の現状
2020年から、小学校で英語が必修になりました。どのような学習内容なのか、またどのような課題があるのか見ていきましょう。
コミュニケーション重視の小学校の英語教育
文部科学省による「学習指導要領」に基づいて行われているのは、3・4年生の「外国語活動」と、5・6年生の「外国語」の授業です。3・4年生は週1時間、「話す」「聞く」を中心としたコミュニケーション活動を通して楽しい雰囲気で「外国語活動」の授業があります。歌やゲームをたくさん取り入れて、英語入門期の子どもたちの「英語学習」への不安を払しょくするねらいもあります。成績はつかず、テストもないので、楽しく取り組めている子ども
5・6年生は週2時間、「話す」「聞く」学習に加え、「読む」「書く」内容も学習します。とはいえ、「テキストを音読して、日本語訳をして」という授業ではなく、その日のメインの話型を使って質問したり答えたりする学習が中心です。3・4年生ではイラスト中心の学習でしたが、5・6年生は文字のウエイトが大きくなります。また、「教科」となったことで、成績がつき、成績をつけるために簡単なテストも行われています。
音声から文字への移行が課題
英語が話せるようになるためには、「聞く」「話す」練習を十分積んだうえで、「読む」「書く」練習も行っていくのが良いとされています。
しかし、実際には「読む」「書く」段階への移行がとても難しいです。
小学校でも、早い学校は20年位前から英語活動に取り組んできていますが、「英語に親しむ」「聞く」「話す」という活動が中心でした。小学校教員にとっては、音声から文字へ移行させることが今の大きな課題です。
教員が英語が得意とは限らないという課題
現在、小学校で英語を指導するのは担任だとされています。学校によっては、音楽や理科を専門の先生が教えるように英語を専門の先生が教える場合もありますが、少数です。
また、ALTと呼ばれる外国人の先生が、担任と一緒に教える場合もありますが、文部科学省で決められているわけではないので、自治体によって異なります。
また、ほとんどの小学校の先生は、英語の指導法を大学では学んでいません。英語が必修になるにあたって、様々な研修を受けてきたと思いますが、「英語を教える」ことに自信がない先生も多いでしょう。そもそも英語が得意ではないという教員もいます。
小学校教員の英語力を高め、英語の指導方法について学ぶことも必要でしょうが、専門の先生が配属されると、教員にとっても、子どもたちにとっても喜ばしいことだと思います。
小学生の時点で英語嫌いが増えていることが課題
2020年の学習指導要領で、小学生のうちに600~700の語彙を扱うように書かれています。これは、聞いたり見たりして理解できる言葉と、書いたり読んだりして理解できる言葉を合わせたものということです。卒業時に600~700の語彙の読み書きができるようになって中学に入学するわけではないのですが、中学校では「600~700の語彙を小学校でマスターした」という前提で授業を行うので、中学校の英語の授業についていけない生徒が多くいるということが問題になっています。
また、小学校の英語の授業でも、「外国語活動」だったころは楽しく活動しているだけでよかったのに、「英語」になってからは、「楽しくない」と感じる子どもが増えたようです。また、小学校の時点で英語学習につまずき、英語嫌いになってしまう子どもも増えているそうです。
終わりに
「日本人が英語を話すことが苦手だから何とかしなくては」という大きな問題に対して、国として色々試みているのだけれども、まだまだ課題も多いというのが現状でしょうか。課題は多くても、英語でコミュニケーションが取れるようにしたいという方向性は正しいと思います。
AIが進化して、未来がどうなるかはなかなか描けませんが、人と人とのコミュニケーションはいつの時代でも大切だと思われます。日本語だけでなく、他の言語でもコミュニケーションが取れることは、きっとその人にとって大きなメリットになるでしょう。
お子さんが英語の読み書きに抵抗感を持たないようにするためには、「英語って楽しい」と感じている時期に、少しずつ、楽しみながら文字にも親しませることが一番良いのではないかと考えます。